2012年8月26日 (日)

Wedding reception

Img_0512s 昨日は吹奏楽仲間の結婚式に出席してきました。

 披露宴では吹奏楽仲間で十一重奏。

 

 箱根の中腹と言ってもチョット低めの場所なので暑かった!

 由緒ある明治11年創業のホテルです。

 建物も古いので冷房効率は悪そうです。

 

 

Img_0511s 宿泊客が朝食中なので待機中。

 

 

 

 

 

 

 

 

Img_0514s 披露宴会場で舞台準備中。

 

 内装はなかなか趣があります。

 西欧文化が入ってきたばかりの頃のものでしょうか。

 

 

 

 

Img_0544s Welcome board。

 

 

 

 

 

 

 

 

Img_0548s お開きになって,楽器を片付け終わりチョットばかり放心状態。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2012年1月13日 (金)

13日の金曜日

 Img_2415ts別に何も起きないし,起きても勿論関係ない。

 今朝の富士山もスッキリと。

 

 

 

 

 

 

Img_2417s 寒かったけれど,陽が射したらすぐに霜も溶け始めて。。。

 

 寒いと言ってもまだまだ知れています。

 

 

 

 

 

 

 Img_2425ts_2天気もいいので昼過ぎに走ってきました。

 上流側の昨日コガモを見た付近に今日はまとまって・・・でも数えたところようやく十羽だけ。

 

 

 

 

 

 

Img_2426s 折り返して下流の方へ行くと,どんど焼きの準備が少し増えたような気がします。

 この辺りは15日の夕方なのでしょうか?

 

 

 

 

 

Img_2427ts カワアイサの群がまとまって泳いでいたので,写真を撮ろうと自転車を止めカメラを向けたら,近付いた人に驚いたらしく,上流側を向いていたのが一斉に下流に向き直して飛び立ちました。

 

 

 

 

 

 

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2011年8月25日 (木)

木喰の里 続き




Img_1278s
 休館だった微笑館を後に,昼時なので道の駅に寄ろうと少し逆戻りしてしもべ道の駅に。

 広い公園になっている敷地にあるそば屋は休み! 

 横にある水車は壊れていたので,粉がひけないのか! なんて。

 

 奥に見える山は毛無山辺りでしょうか?

 

 

 

 


Img_1277s 売店で食料を買ってベンチで食べていると目の前に何か動くものが。。。

 近づくと,カマキリ。

 どうやら性事のあとの食事の模様。

 雌が雄をと言うことのようでした。

 

 

 

 

 

 

 


Img_1279s 藁葺きの民家が見えたので見物に。

 昔の消防ポンプが置いてあったり,もちろんいろいろな農機具も。

 ポンプの文字からすると,少し下の地区の名前なので,そちらから移築したのでしょうか。

 地名で思い出したのですが,ここへ来る途中のバス停に「灯」と。 ふりがなは「とぼし」。 帰ってから地図を見ると地図の地名は「燈」となっていました。

 さてどういう由来なのでしょうか?

 

 


Img_1282s 屋根裏に上がってみると,この家の持ち主が使っていたのか,こんな衝立も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 Img_1283s屋根の作りは・・・ 縄はもちろん新しいものですが,構造が判ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Img_1284s 外に出て見上げると,これは屋号でしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Img_1285s 目の前が川だったので降りてみました。 

 水際を歩くと何かが飛びました。

 最初は何だか判らなかったけれど,また飛んだのでよく見ると,灰色に色を変えた,これは多分カジカなのでしょうね。

 鳴いていなかったので良くは判りませんが。。。

 

 

 

 この辺りは空気感も陽射しも,いかにも晩夏という感じでしたが,富士山に近づくにつれ雲が多くなり湿度も上がり。。。

 雨っぽい中へと帰ってきました。

 

 そして,今日はまた気温は下がり時折雷も轟いて大雨の様相です。

 

 

 

 

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2011年8月24日 (水)

ふと思い立って・・・

 先日の富士山一週ドライブの時,時間切れで行き損なった木喰の里・微笑館へ行ってみようと,出掛けました。

 この辺りの天気はパッとしなかったけれど,山梨へはいると富士山こそ見えなかったけれど上空は晴れていました。

 途中の観光地は見向きもせず,ひたすら本栖湖の先の目的地を目指して。

 Img_1271sv途中で見かけた滝の横にあった石仏。

 だいぶ高いところにあって登れるような場所ではなく,これが精一杯。

 

 滝上から石などが落ちてくるのを防ぐためか滝は金網で覆われていました。

 

 

 九十九折を下りきると集落が現れて,そろそろかなと道標を探しながら走ると,突然に山へ入っていく細い道の入り口にありました。

 対向車が来たらどこですれ違えるのかと思える細い道です。

 まず出てきたのは記念館。 ここは車を止められるような場所は全くなく通過。

 


Img_1273s もう少し上がると微笑館がありました。

 駐車場に先客は居ないなあと,止めて建物を見たら,扉の内側のシャッターが降りていました。

 水曜休館!

 

 この集落あたりでどうやら道は行き止まり。

 戻るしかないようです。

 


Img_1276s しかしこの集落に何人暮らしているのか。。。

 暮らすのは大変な山奥です。

 畑を耕す男性を一人見かけましたが,シャッターを下ろした商店が一件。 営業しているようには見えないし,この集落では商売は成り立たないのでしょう。

 

 微笑館へ上がる道の入り口に立っていた双体道祖神。

 

 


Img_1274sv 道祖神が立っているくらいだから,昔はもっとたくさんの人が暮らしていたのでしょう。

 

 

 夏休みだから休館日はないだろうとタカをくくって来たのが大間違いでした。

 

 宿題は解決できませんでした。

 

 もう一度出直さないと!

 

 

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2011年6月30日 (木)

中国,四国 7

Img_0835s 義母の家の菩提寺は,本尊はその市では最古の仏像らしい。

 薬師如来です。

 

 

 

 

 法事が済んで,さて納骨と墓園に行き,墓の蓋を開けたら入らない。

 住職曰く,「関西と関東では骨壺の大きさが違う」と。

 確かに中にある義父の骨壺は小さかった。

 で,石屋を呼んで本体をずらしてもらい何とか納める。と言うハプニングがありました。

 

 

Img_0851s 帰って,久しぶりにすぐ隣にある公園の池の周りを歩いてきました。

 コブハクチョウのつがいが三組ほどいて,池の周りの草を食べているのが居たので,草を採って投げると寄ってきて食べていました。 かなり人になれている様子。

 

 

 

 

 

Img_0853s 家から見える四国山地。 この辺りは赤石山辺りでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

Img_0854s 翌日帰路につきましたが,ウチの人が懐かしい素朴な味の蒲鉾を買って帰りたいと言うので,観音寺で寄り道。

 海岸近くの,何となく小田原の小さな蒲鉾屋が並んでいる町と似た雰囲気の町でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Img_0857s その後は鳴門から淡路島へ。

 鳴門海峡は遠目にも随分と波立っていました。

 

 

 

 

 

 

Img_0859s 淡路島を前回通ったときは,北淡町の辺りはあちこち崖崩れの後が目立っていましたが,今回は殆ど判りませんでした。

 向こうは明石辺りでしょうか。

 

 

 

 

 

Img_0868s なるべく早く帰るため当然ながら伊勢湾岸自動車道を突っ走る。

 今回は途中までは運転手付きなので,のんびりと写真を撮りながら。。。

 

 

 

 

 

 

Img_0872sImg_0875s 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Img_0879ts 順番が違うけれど,三方五湖で買ったおみやげ。

 走っていて看板にへしこ(看板の文字はへレこに見えた)と。

 これは何だ? と思いつつ車を止めた観光センターに入ったらありました。

Img_0880ts 鯖のぬかみそ漬けなんですね!

 腐りやすいからこうやって保存食にしたり,運んだりしたのでしょうか?

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2011年6月29日 (水)

中国,四国 6

 Img_0823s大山を後にして,四国へはしまなみ海道から渡ろうと言うことにしてあったので,まずは美作へ向かって南下。 そして中国道を西進して東城から182号線に入って福山まで南下し,しまなみ海道に入りました。 地図を見ると島が連なってそれぞれの海峡は本当に狭いところなんですね!

 こういうところで船の動きを見ていると,右へ行く船と左へ行く船の動きがまるで違うのがよく判ります。スイスイと流されていくようなのと,一生懸命漕いで(もちろんスクリューですが)いるのになかなか進まないのと。

 

 

 Img_0821sこれは発電所でしょうか?

 この辺りには原発はないけれど,煙突も見あたらない。 海岸線の建物から送電線が延びていたので発電所?と思ってしまったのだけど,逆に電気を消費する側の設備だったのでしょうか?

 

 

 

 四国へ渡り今治から南下してさらに松山道を今度は東進。

 霞んだ向こうに石鎚山らしきを眺めながら,西条で降りて目的地に到着しました。

 寄り道をしたのでここまでで大体1400kmでした。

 

 

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中国,四国 5

 伊根からそのまま海岸線を西進して次の目的地に,と思っていたのだけれど,ふとカーナビ上の到着時間を見たら夜の8時半を回る時間!

 これはまずいと最短時間を探すと,距離は圧倒的に長いけれど舞鶴若狭道を三田付近まで南下し中国道を西進,その後米子道を北上。 これで6時頃に着く。

 私の一番の目的地,伊根の船屋見物で十分時間を使ったので,その後は殆ど突っ走るのみ。

 眺めたかった大山は雲がかかって下の方しか見えずでした。 で,米子の北のはずれの浜近くの皆生温泉のかんぽの宿に予定通りの時間に到着。

 

 Img_0782s翌日はどのコースで四国へ渡るかと地図を見ていて,まずは中海,宍道湖方向と。

 このすぐ先のJRの駅にGTなる駅があることを発見。

 でまずはそこへと思ったら,廻船問屋のGT住宅というのがあることも判り,そこへ寄ってみる。

 特に駐車場があるような観光地ではなく,河沿いに廻船問屋などが並んでいたらしい家並みが続く散歩コースの様なところでした。

 道ばたにちょっとよけられるスペースがあったのでそこに止めて一応撮影。

 

Img_0788s


 駅はその後行ってみました。

 地図上では境港まで次々と駅が並んでいる。 貨物中心の線だったのでしょうね。

 

 

 

 

Img_0794s


 それから大山。

 登る時間はなかったので,せめて空気に触れようと中腹の道をまずは大山寺。

 調べていないので判りませんが,道沿いにずっと石仏が並んでいます。

 昔の参道だったようです。

 

 

Img_0801s


 こちらには相州大山寺があるけれど,相州は“おおやまじ”,伯耆は“だいせんじ”

 広い駐車場に止めて土産物屋などが並ぶ参道を上がっていくと,こんな車が。

 冬場はこれでなければ動けないのでしょうね。

 

 

Img_0803s


 寺の仁王門には拝観料で運営していると書いてありました。

 どうもこういうのは好きではありませんね。

 寺というのは本来は誰が入っても良いものと思うのですが,町中の寺でも関係者以外立ち入り禁止と言うところもあります。 これでは普通の家だし,拝観料を取るというのは単なる観光地でしかない。 本尊の姿を拝めるのが何十年毎と言うのも,どうなのでしょう?

 滅多に見られないからありがたいと考える人が今の世の中どのくらいいるのか?

 

 

 

 

 

Img_0817s_2 
 
 
 

 


 ここを早々に去り,昼のタイミングに考えていた牧場?へ行ってみました。

 着いてみると,様子は関東圏では八ヶ岳の麓の清泉寮のような感じと言ったらいいでしょうか。

 大山がよく見えます。

 そうそう,大山は伯耆富士ですね。

 駿河の富士,若狭富士そして伯耆富士,そして写真は撮れなかったので先に書きますが,帰路は讃岐富士と四ヶ所の富士を巡る旅でもありました。

 

 

 

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中国,四国 4

 伊根からそのまま海岸線を西進して次の目的地に,と思っていたのだけれど,ふとカーナビ上の到着時間を見たら夜の8時半を回る時間!

 これはまずいと最短時間を探すと,距離は圧倒的に長いけれど舞鶴若狭道を三田付近まで南下し中国道を西進,その後米子道を北上。 これで6時頃に着く。

 私の一番の目的地,伊根の船屋見物で十分時間を使ったので,その後は殆ど突っ走るのみ。

 眺めたかった大山は雲がかかって下の方しか見えずでした。 で,米子の北のはずれの浜近くの皆生温泉のかんぽの宿に予定通りの時間に到着。

 

 Img_0782s翌日はどのコースで四国へ渡るかと地図を見ていて,まずは中海,宍道湖方向と。

 このすぐ先のJRの駅にGTなる駅があることを発見。

 でまずはそこへと思ったら,廻船問屋のGT住宅というのがあることも判り,そこへ寄ってみる。

 特に駐車場があるような観光地ではなく,河沿いに廻船問屋などが並んでいたらしい家並みが続く散歩コースの様なところでした。

 道ばたにちょっとよけられるスペースがあったのでそこに止めて一応撮影。

 

 Img_0788s駅はその後行ってみました。

 地図上では境港まで次々と駅が並んでいる。 貨物中心の線だったのでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 Img_0794sそれから大山。

 登る時間はなかったので,せめて空気に触れようと中腹の道をまずは大山寺。

 調べていないので判りませんが,道沿いにずっと石仏が並んでいます。

 昔の参道だったようです。

 

 

 

 Img_0801sこちらには相州大山寺があるけれど,相州は“おおやまじ”,伯耆は“だいせんじ”

 広い駐車場に止めて土産物屋などが並ぶ参道を上がっていくと,こんな車が。

 冬場はこれでなければ動けないのでしょうね。

 

 

 

 

 Img_0803s寺の仁王門には拝観料で運営していると書いてありました。

 どうもこういうのは好きではありませんね。

 寺というのは本来は誰が入っても良いものと思うのですが,町中の寺でも関係者以外立ち入り禁止と言うところもあります。 これでは普通の家だし,拝観料を取るというのは単なる観光地でしかない。 本尊の姿を拝めるのが何十年毎と言うのも,どうなのでしょう?

 滅多に見られないからありがたいと考える人が今の世の中どのくらいいるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 Img_0817sここを早々に去り,昼のタイミングに考えていた牧場?へ行ってみました。

 着いてみると,様子は関東圏では八ヶ岳の麓の清泉寮のような感じと言ったらいいでしょうか。

 大山がよく見えます。

 そうそう,大山は伯耆富士ですね。

 駿河の富士,若狭富士そして伯耆富士,そして写真は撮れなかったので先に書きますが,帰路は讃岐富士と四ヶ所の富士を巡る旅でもありました。

 

 

 

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2011年6月28日 (火)

中国,四国 3

Img_0728s


 高浜~舞鶴港~伊根町。

 高浜の砂は黒っぽかったけれど,白と赤が少しで波の縞模様ができていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

Img_0731s


 そんな波打ち際を歩いていて見つけました。

 

 

 

 

 


Img_0735s_2


 翌日は伊根町の船屋を見ようと,まずは西進。

 舞鶴港の横を通過・・・と思ったら横浜港のような煉瓦作りの建築物が。

 で,寄り道したけれど,なにやら修復工事中らしく良い撮影ポイントは見つからず。

 

 

Img_0734s


 ついでに自衛艦。

 

 

 

 

 

Img_0743s


 その後は,北上し伊根町へ。

 町並みは船屋という形ができたわけで平らな部分はとても狭く,車をのんびり止めるような場所は見あたらず・・・と思ったら,丘の上に道の駅があることが判りそこへ。

 そこの観光案内所へ行ってみると,海上タクシーに連絡してくれて駐車場の案内も。

 

 

Img_0765s


 この船が湾内を案内してくれた亀島丸。

 

 

 

 

 

 

 

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2011年4月 2日 (土)

おかしいと思うこと・・・

 昨夜のTVでさる教育学者が被災地の学校で話を聞いているところをやっていました。

 初めに出てきた僅かの場面では何か怒っている! その後全体が流れたところで判ったのですが,被災した地区で先生も生徒もその親も遭難しているというのに,教育委員会は何も考えずに予定された教師の異動をそのまま発行したと。

 その方は手を打てることはやると言っていました。

Img_0216ts  そして今日は,オケの練習への道すがらで聞いていたラジオ(NHK)。

 総理大臣が被災地を見舞いに行ったと言う話し。総理が行ったという避難場所で避難者に記者がインタビューしていました。

 「総理が来てどうでしたか?」

 「来てくれたのは嬉しいけれど,中略(正確には覚えていないので),でも『ここを綺麗にして下さい』とか『車をどけて』はこんな時におかしいのでは」と。

 どちらも本質を見ない,見られない,見ようとしない,どれだか判りませんが・・・

 いずれにしても“小役人の仕業”と思ってしまうのですが。

 でも,この総理訪問の件は,「訪問先の役人はこういう事をするだろうな」 「訪問先で何も準備する必要はない」と言っておくことを思いつかないのは,本人や取り巻きの想像力不足に他ならないと思うのですが。 想像力のない人達にこういう仕事をさせておいても,そう言う人達とは関係ないところで,キチントできる人達が再建していくとは思いますが。

 総理が被災地へすぐに行って,「行ったために原発の対策が遅れたのでは」と国会で議論があったばかりなのに。

 

 どちらの話しも,私は少なくとも呆れるばかり。

 みんなとは思はない。 でも少なくともこの二つの話しに絡んだ役人も政治家も今の日本には不要です。

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