2013年1月 1日 (火)

蛇三題

 “巳”は蛇の形のようですね。

 時代を追って。

0302sv 一昔も前に行ったカトマンズの中世の建物にあった彫刻。

 ヒンドゥー教の蛇の神様ナーガ。

 

 

 

 

 




Img_1886sv これは数年前に行った,ネパールの友人,Jeevan氏の家の近くの池のやはり蛇の神。

 何故かは聞かなかったけれど頭の数は人の指と同じ五つです。

 日本の八岐大蛇はその名の通り頭は八つ。

 ヘラクレスに倒されたヒュドラ(ヒドラ)は異説はあるものの一般には九頭。

 そう言えば九頭龍というのもありますね。 双頭の蛇は奇形として案外多いような。

 話が散漫になりました。

 

 これは本物。

Img_8420ts 日本では白蛇は縁起が良いと言われて居るようですが,白蛇はアルビノですよね。

 これはシロマダラ。

 絶滅危惧種となっている県もあるとか。

 死んでいると思って,自転車にグチャグチャにされたりカラスにつつかれては・・・と思い草むらに投げ込んだのですが,珍しい種と知ってもう一度しっかり観察しようと探したけれど見つからなかった。

 最近,この蛇のことをもう少し調べたら死んだまねをすると!

 どう見てもどこにも傷は無かったから死んだまねだったのかも知れません。

 

 今年もよろしく! 

 

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2012年5月27日 (日)

昔の写真(別子銅山周辺)

 春に,義母の法事で新居浜へ行ったときに寄った東平(とうなる)が,その昔見た風景と全く違うので,昔の写真を引っ張り出そうと思っていたところ,コメントを頂いたのをきっかけにネガを探しスキャンしてみました。

 ここは義父が連れて行ってくれたので,断片的な記憶しか無く,どこで撮った写真かを判別するのに時間が掛かってしまいました。

 全く行った記憶が無い場所の写真が出てきて,本当にそこなのかネットで資料を探して確定したり。。。

 どうしても場所とネガの順が腑に落ちない部分があったのですが,ふと思いつき確認したところ,私の思い込みで場所を勘違いしていたためでした。

 で,ようやくその昔,昭和46年3月9日に行ったときの写真が順番どおりに並べられます。

 でも,今思えばどうしてこれしか撮らなかったのかちょと残念!

 そのときの交通手段も覚えていないのですが,新居浜の町中からはバスで行ったのでしょうか?

Tounaru_1sv 最初の写真は今のマイントピアのある辺りの山の中腹にあった鹿森社宅です。

 この角度から今どのように見えるのか判りません。

 眼を引くようなものが無いのか,先日も気がつかずに通り過ぎています。

 

 

 

 そのあとに来る写真は舗装道路を歩いている写真。

 

Tounaru_3s_2 そしてダム湖,これは鹿森ダムと思われます。

 

 

 そして舗装はない少し広い登山道?を歩いている写真。

 

 

 

 

Tounaru_5s 次がこれ。 ここは東平でしょうか?

 多分ダム湖の辺りから山道があり,そこを登って東平へ入ったのだと思います。

 実はこの辺りの地名で記憶にあったのは端出場と東平でした。

 今のマイントピアには観光用の列車があるし,当時は端出場から東平までトロッコに乗って北側から銅山峯へ登った物とばかり思い込んでいました。

 でも写真の順番が確定するに従ってそれは間違った記憶だったことが判りました。

 

 

Tounaru_7s ここから駕籠電車なるものに乗って,銅山越えの下をくぐり抜けたのでしょう。

 このトロッコ電車に乗るには許可証が必要で,それを義父が取ってくれていたのでした。

 実は今日片付け物をしていて,その昔に録画したNHKの新日本紀行のこの辺りの物を見つけたのですが,ちょうどこの頃にどんどんと坑口が閉山していったのですね。

 全部まとめて閉山では無く,採掘場所が広かったこともあるのでしょうけれど,坑口単位だった様です。

 

 

 この写真はその新日本紀行で紹介されていた筏津坑方面の日浦坑口へ抜ける,第三通洞の入り口です。

 この区間を我々は駕籠電車に乗って抜けたようです。

 

 

 

 

 

 

 

P1000619s 今は勿論閉じられています。

 

 

 登山道は左の谷筋にありましたが,もしかするとここを歩いて下ってきたのかも。

 

 

 

 

 

 Tounaru_10sそして4kmほどのトンネルを抜けて出てきたのが,ここ日浦坑口。

 これは乗ってきた駕籠電車の,電気機関車です。

 この写真には架線が写っていないということはバッテリーの電車だったのでしょうか?

 もう少し前らしき写真には架線があり,トロリーポールで電気を取っている様子もありましたが。

 ここは旧別子山村で,最盛期はこの辺りの山の中に一万人以上が住んでいたそうです。

 3000人も入れる劇場があったり,学校や病院も勿論あったと言うこと。

 

 

 

Tounaru_12s それほどいろいろな建物を見た覚えがないのですが,多分その間を通る道しか無かったのではとは思うのですが。。。

 

 

 材木運搬用のトロッコがあったり,建物もまだ残っています。

 

 

 

 

Tounaru_13s そしてこの写真。

 これの判別に苦労しました。

 地名として覚えていたのは前述の通り端出場と東平。

 日浦へ抜けたという記憶が全くなかったので,このダムは鹿森ダムだとばかり思っていましたが,向こうに別子ダムがあると言うことに思い当たり,ネットで写真を探すとありました。

 間違いなくこれは別子ダム! ようやく昔歩いたルートが見えてきました。

 

 

Tounaru_15s 日浦坑口で降りて,この写真を撮ったと言うことは,やはりその当時のメインストリート(今の登山道)を通ったと言うことに間違い無いようです。

 既に3月というのに沢筋は真っ白に凍って,メインストリート側の坑口は既に閉山していたようで,崩れるままの廃墟があちこちにあったのが印象的で,煉瓦作りなどのしっかりした物は撮らなかったのか?

 その頃はこういった物にあまり興味が無く撮らなかったのかも知れません。

 

 

 

 

 

 

 

 

Img_2216s 登山口にある,今の案内図。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Tounaru_17s 稜線に出ると・・・今でもこんな感じに近いですね。

 岩がごろごろしていて木は少ない。

 

 

 

 

 

 

 

 Tounaru_19svもう一つこの写真というかこの場所にも思い込みで惑わされていました。

 これは蘭塔場山と言うこの辺りの墓所と言うことでした。

 

 

 


Tounaru_21s 右の写真がこの場所と思っていたのですが,調べたらこれは銅山越えにある地蔵様でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Img_2246s 先年の写真もここでした。

 そのときは蘭塔場山へは行っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

Tounaru_23s ここから,多分東平方向へ降りたのでしょうけれど,どこで撮った写真か判りませんが,他にルートは無さそうです。

 この地蔵様もどこにあったものか?今もあるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Tounaru_27s これは東平上部の廃墟でしょうか?

 

 堰堤の上は鉱山のズリの様です。

 

 

 

 

 さてどこへ降り着いたのか,写真はここで終わっていました。

 

 今年の東平散歩ではこんな風景は見ませんでした。

 行った所よりもう少し上の方なのか,それとも草木で覆い尽くされてしまって判らなかったのか。。。

 

P1000631ts これは今の東平にある地図です。

 

 

 連れて行ってくれた義父はしばらく前に亡くなり,どこをどう歩いたのか聞くことができなくなってしまいましたが。。。

 

 

 

 

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2012年5月 7日 (月)

小田原城でのイヴェント

 ゴールデンウィーク後半は小田原は北條五代祭りが催されました。

Dscn0080s お祭りのメインは5月3日でしたが,6日にそれに絡めた北條音力と言う音楽イヴェントに吹奏楽で出演しました。

 昨夏の我々の演奏会が盛況だったので,それを再現して欲しいという要請があったと聞きました。

 これは銅(あかがね)門。

 演奏会場はこの中の広場です。

 

 

 

 

Dscn0083s 門の外では地元の甲冑愛好会の人たちが,観光客と一緒に写真に収まるというサービスを。

 

 手前は一緒のママさんコーラスの練習。

 

 

 

 

 

 

Dscn0084s 午前中の合同演奏ステージのリハーサル。

 野外ステージなので客席には既に人が大勢いました。

 

 午後の本番のこの部分は中止になってしまったので,リハーサルを聞いた人は得をしたかも。

 

 

 

 

 

 リハが終わって殆どすぐ,12時のオープニングの演奏に出て,次の出番までの間に昼食をと駅で買ってきた駅弁を開けたら・・・なんと箸が入っていない!

 ちょうど店は次の弁当が入ってきて,受け入れにてんてこ舞いの状況だったのが敗因。

 近くのコンビニで買い直し,駅弁は夕食に回しました。

Dscn0086s まだまだ時間があったので久しぶりに場内をチョット歩いてみました。

 この辺りを時折うろうろしていたのは小田フィルに所属していた頃。

 遙か昔になりましたが,その頃に比べると庭園部分が随分整備された印象でした。

 再建された小田原城は・・・入ったことが無いけれど表向きは変わらないかな。

 

 

 

 

 もう少しで出番というところで会場に戻って。。。

 この少し後に我々吹奏楽だけの本番。

 ステージのうしろはお堀で風当たりが強い場所だったのですが,我らのステージの最中にだいぶ強くなり,時折譜面台を倒しそうな風が吹くので,足で抑えながら演奏。

Dscn0091s 一応無事に終わり,次のオヤジバンドが一曲目を演奏し始めた所で突然の暴風雨。

 雨量が半端でなく,電気楽器系の人たちはずぶ濡れになりながら電気系統の保護をしていたようです。

 実はそのときは銅門の下に居て,降り出したとたんに門の下は満員電車状態になり,外の様子は見えず。。。

 小降りになったときにようやくチョット様子を撮影。

 

 

 

 

Dscn0094s 凄い雨風だったけれど,短時間で過ぎ去り陽も出てきたので,濡れものの始末をして再開。

 電気系楽器はキーボードがダメになったようでしたが,あとは何とかだったようです。

 オヤジバンド再開準備中のママさんコーラスの繋ぎ中。

 

 お客さんもどこに避難していたのか,殆ど元通りになっていました。

 

 

 

 

 でも,この次の和太鼓グループが始めたとたんに第二弾の雨風が。。。

Dscn0095s 時間も押していたし,この雨は少し長そうだったことも有り,ここで中止となりました。

 可哀想だったのは午前中のリハには出られず,午後に到着した高校の和太鼓部。

 重い道具を運び込み,降るたびに門の下に避難させ,結局叩くことも無いまままた車に積んで帰るしかなかった。。。

 まあ野外のイヴェントでは,こんなことは多くの人が経験しているでしょうけれど。。。

 

 

 

 と言う訳で,山場の合同演奏は夢と消え。。。

 リハで聞いた人は得をしたのではという。。。

 

 

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2012年5月 5日 (土)

法事の続き

P1000620s 東平の続き。

 登山コースを少し歩いていたら,見つけました。

 黄色いシャクナゲ・・・でもキバナシャクナゲではないし・・・で,調べたらヒカゲツツジでした。

 

 葉の感じはシャクナゲのようにツルツルでは無いけれど,ツツジのようにケバケバっぽくも無い。

 

 

 

 

 

 

 

P1000629sv トンネルにトロッコの台車がありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P1000635s この風景を東洋のマチュピチュと宣伝文句にありましたが・・・チョット規模が小さすぎやしませんか!

 その昔通過したもう少し奥の鉱山住宅跡のことかと思ったのですが,そこまでは観光客は行かないし,そこは多分既に緑に覆われているのでしょう。

 

 

 

 

 

P1000642s 山を降りてくる途中の道でヤマブキがきれいでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

P1000645s 道端のあちこちに咲いていたこの白い花。

 我が家の辺りでは見かけません。

 さてお名前は?

 

 

 

 

 

 

 そして,法事の日は雨。

 午前中は時間があったので土産物を買いに出掛けました。

P1000647s その帰りにちょっと寄った港で,ちょうど何か鉱石のようなモノを下ろしている所でした。

 それを積んだダンプはすぐ隣の工場へ入っていく様子。

 そこの入り口には電池の研究所とあったので,下ろしていた黒いモノはマンガンの鉱石?

 

 

 

 

 法事の翌日は連休後半の始まりなので早々に帰路につきましたが,いつもはガラガラの四国の高速道も車がたくさん。

 帰路も淡路島経由で関西圏に入るとあちこちで渋滞。

 カーナビの言うことを聞かず渋滞情報を見ながら走ったら,結局は昔の名神を走るのが一番早く・・・で,渋滞にはまりながらほぼ半日掛けて帰り着きました。

 往路より2時間ほど余計に掛かかりました。

 

 

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2012年3月22日 (木)

河村城趾公園

Img_2972s 北に見える山の菜の花が黄色くなっているので,今日のお散歩は河村城趾公園へ行ってみました。

 昼過ぎは花粉が怖いので午前中に。

 

 家の周りの散歩でこれを見ると食い付いていたけど,これには興味を示さなかった。

 他に気になる匂いがいっぱいなのかな?

 

 

Img_2975s これは一種の堀。

 但し,昔のそのままかは?

 モノレールなども残っているから,少し前までは密柑山だったのではないでしょうか。

 説明文をきちんと読んでないのですが,文献などで再現した様に書いてあったような。。。

 

 

 

 Img_2976sこれを下って・・・勿論こんな階段があったはずは無いと思うけれど,かなりの急坂だから,同様なモノがあったのかも知れませんが。

 

 

 

 

 

 

 

Img_2980s また上がると本丸跡。

 ここはチョットした広場になっていて,前の犬を連れてきたときは解放して走らせたのだけど,この子はこれをパクッ。

 甘納豆じゃないよ!

 

 まだ新しかったから今朝のモノらしい。

 で,解放は中止!

 

 

Img_2979s この広場が城趾の一番高いところだけど,端へ行っても富士山は隣の山に邪魔されてこれしか見えず。

 

 

 

 

 

 

 

 Img_2981sそして,今日の目的はこれ!

 本日の夕餉のオカズ。

 

 

 

 

 

 

 

Img_2988s 「私も食べる!」 とばかり。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P1000215ts 話はまた突然に変わりますが,家に帰って屋上のプランターに水をやっていたら,プランターの土の上に昨日見当たらなかったこの子が居ました。

 一昨日はプランターの壁面に居たので,鳥にでも見つかってしまったのかと思っていたけれど,無事でした。

 越冬したツマグロヒョウモンを見るのは初めてです。

 はじめに見つけたのは何もないところだったので,僅かながら葉の残っているビオラのそばに連れてきたのだけど,食べている様子はなし。 でも大きくなっています。

 何を食べているのか?

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2012年3月14日 (水)

笹子雁ヶ腹摺山 2

P1000126s 一応目的とした山。

 雁ヶ腹摺はこの付近に三つあるけど,どの山も雁が越えていくところなのでしょうか?

 ここはまだしも,昔の五百円札の裏の雁ヶ腹摺や牛奥など更に奥の山を雁が越えるのを見ることがあったのでしょうか?

 

 

 

 

 

 結局昼を食べたところからちょっと先へ行ってそこから戻りました。

P1000128s さっきの急坂を下るは憚られたので,峠の北側に降りる道へまわってトンネルを抜けてこようと。

 その道へまわると,鳥居とそれには似つかわしくない小さな石の祠があって,峠を北側へ越えた直ぐのところに降りつきました。

 

 

 

 

 

 

P1000129s で,トンネルまで降りずに峠へ上がって帰ることにしました。

 

 繰り返しになりますが,この道が本当に旧の甲州街道?

 これより北側は歩いたことはないけれど,見た感じではそれほどきつくはなさそうですが,南側はきつくて少なくとも馬に乗って越えるような感じではなく。。。

 

 昔の道はトンネルを掘ったため消えてしまったのでしょうね。

 でも峠部分はここに変わりはないはずだから,やはりかなり狭い道です。

 

P1000134s 林道を下って行くと冬季閉鎖のゲートがあって,車を止めたのは更にその少し下にあった土砂崩れのため通行止めと言う別のゲートのところ。

 

 

 

 

 


P1000135sP1000137s ここは,矢立の杉と言う旧跡の近くなので,ついでに見てきました。

 1000年の昔の杉で,中心部は煙突のように上まで空洞と言う写真がありました。

 

 幹の中に上の穴から降り込んだと思われる雪が積もっています。

 

 

 

 

 

 

 途中で引き返したので時間も早く,帰りに笹子餅を買いに寄り,またその直ぐ先の笹一と言う酒蔵へ寄って帰りました。

 朝は真っ白になっていた都留市付近の山の木々はすっかり雪がなくなり下の道を帰ったけれど撮るような景色もなく。

 

P1000140s まだ明るいうちに帰り着いたので,夕方の散歩に出ました。

 土手の上がり口の桜に夕陽が当たって。

 

 

 

 

 

 

P1000141s 工事中の橋の欄干に夕陽が反射しておもしろい風景だったので一枚。

 ちび犬は夕食前で空腹なもので,あっちへ行ったと思ったら今度はこっちとやたらに地面にあるモノに食いついて。。。

 山歩きより疲れました。

 

 

 

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笹子雁ヶ腹摺山 1

P1000103s 月例の大学の山の会で出掛けました。

 甲斐大和で他の人を拾ってと言う予定で,車を走らせると,河口湖~大月線に入ったら周りは真っ白。

 残念ながら途中で止めて撮る訳にはいかず唯一のPAに入ったけれど,景色が良いとは言えず。。。

 

 

 

 


P1000106s_2 すいていたこともあって30分以上も予定より早く着いてしまい,行く途中にあるのだけど寄ったことのない景徳院へ行ってきました。

 有名そうだけど,寄ったことがなかったので勿論知らなかったのですが,武田勝頼たちが逃げ切れずにここで自刃したところで,家康がそれを供養するために建てた寺と言うことでした。

 

 

 これは仁王門。

 

 

 

 

 



P1000111sP1000113s 中の仁王様は暗くてよく見えなかったけれど,写真を見るとあまり古くはないように見えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P1000107s それよりちょっと気になったのは地蔵様。

 普通は六地蔵なのに三地蔵とか,五地蔵?

 そして真ん中の地蔵様が大きい。

 

 

 

 

 

 


P1000116s これは六地蔵だけれど,一人だけ大きい。

 今まで見たのは六体とも同じモノばかりだったのですが。。。

 

 

 

 

 

 

 

 予定は小金沢連嶺の黒岳だったのですが,帰りによる予定だった天目山温泉は水曜定休。

 それとこれは他のメンバーがやや認識不足だったようですが,当然ながら林道は冬季閉鎖で,アプローチの時間が片道多分1時間半以上プラスになる。

P1000117s 林道を少し走ったところでやめようという話になって,他の手軽そうなところと言うことで決まったのがこの上の山。

 ここも冬季閉鎖ゲートから雪がだいぶあったこともあって,ここまで小一時間かかりました。

 このトンネルは昭和初期に作られたようですが,入り口は随分と凝っています。

 

 

 

P1000119s 山へはこの右から入ります。

 トンネルができる前の峠道にしては少し急すぎる道を上がって,峠は越えずにそこから稜線へ。

 その部分は短いけれど,雪の着いた泥道をいかにもよじ登ると言う感じでした。

 時間も遅かったのでその急坂を登り切ったところで昼食。

 山頂まで行くと。。。と言う話しになり直ぐ上のピークまで行って帰ろうかと言うことに。

 予想外の積雪だったらしく,スパッツを持ってこなかった人,アイゼンを持ってこなかった人が居たので,無理して怪我しても・・・でそうなりました。

 

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2011年11月23日 (水)

沼津アルプス 4

Img_2192s 更に先へ行くと,山の雰囲気が少し変わります。

 今まではいかにも南国と言う感じの植物相だったのが,カヤトの尾根あったけれど,笹の多い見慣れた感じの風景になりました。

 

 左は鷲頭山。

 海の引っ込んだ奥は多比の港。

 

 

 

Img_2193s Img_2186sヤマラッキョウの花や,これはコムラサキシキブ?でしょうか。

 

 

 

 

 


Img_2196s こんなものもありました。

 戦争の遺跡。

 

 

 

 

 

 

 


Img_2199s そして徳倉山を過ぎて海岸方向へ折れバス停へ。

 アルプスとしては更に二つの山が続き,それをたどると沼津の駅近くへ出るようです。

 

 

 

 

 

 

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2011年10月18日 (火)

江ノ島

Img_1647s 久しぶり・・・の江ノ島で高校時代の生物部の仲間の同窓会。

 

 

 平日なのに若いカップルも随分と来ていてチョット驚き!

 まあ観光地と言うことなのでしょうね。

 

 Img_1677s

 

 

 

 

 

 


 よImg_1650sく知りませんが,江ノ島神社と言うくらいで島全体が神社? あちこちに“~~の尊”を祀った神社がありました。

 でも民家もあるんですね!

 

 

 

 

 

 


Img_1661ts 天辺には展望塔がありますが,サムエル・コッキング苑と言うその昔,その人が住んでいろいろな植物を植えていたところ。

 そこにもカメムシの仲間が。

 

 

 

 

 

 


Img_1674s 蝶の専門家がここはアサギマダラが集まるところだと。

 そして見つけました。

 

 彼はバッグから捕虫網を取り出しあっという間に捕獲。

 そして,羽に日付・場所・記録者名など書き込んで放ちました。

 沖縄,台湾方面まで飛んでいくそうです。

 

 


Img_1662s 展望塔の上から。

 その昔来たときは砂州でつながっている様子が判ったと思うのですが。

 

 

 

 

 

 


Img_1682s この,江ノ島の入り口に緑青で青くなった鳥居がありますが,随分古いものだそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Img_1683s ここを抜けて橋にさしかかったところで,前を歩いていた人から叫び声が。

 見ると上空にたくさんいるトビに持っていた食べ物を狙われたらしく,路上に食べ物が転がっていました。

 と思う間もなくまたトビが舞い降りてきて,路上の食べ物を掠っていきました。

 

 



Img_1684s 小田急の片瀬江ノ島駅。

 

 

 

 

 

 

 

 現役の虫の専門家A君と話していて,昨日オオトビサシガメを見たと言ったら,あまり見られない種だと言っていました。

 

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2011年9月15日 (木)

槇寄山 2

 
Img_1411ts 山にはいると殆どが植林の樹林帯,展望はもちろん無いけれど,陽射しを浴びなくて済み涼しい・・・ チョット風が少なくて,時折涼しいが正解かな。

 

 

 

 

 

 


Img_1412ts 晩夏というか初秋というか,このタイミングは案外いろいろなキノコが出ます。

 これはホウキタケの仲間でしょうか?

 ホウキタケの仲間には食べられるもの,毒茸の両方があり食べたことはないのですが,これは小さすぎて獲る気にもならず。。。

 

 

 

 


Img_1413s 展望のない中腹をズルズルとひたすら巻いているような感覚の道を歩いていると,こんなものがありました。

 国定忠治が登って遠くを見たという木。 さてどれなのか?

 

 古そうなのは左の斜めの木だけど,この碑のすぐ後ろは杉。 周りにも杉はたくさんあってこの木と特定するには?

 いずれにしても“言い伝え”でしょうけど。

 

 


Img_1414s やや薄暗い林床には所々に花が咲いていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 Img_1415sv相変わらず稜線には出ずに中腹を巻いてと言うより稜線とほぼ平行状態でズルズル行くと峠に出て,そこが西原峠。

 

 

 

 

 

 


Img_1418s 山頂はそのホンの少し先でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Img_1419s 南西方向は木が無く,見晴らしはきいたけれど,見えるはずの富士山は見えず。

 

 昼食にしていると,同じバスできてだいぶ手前で降りて,ランニングでさらに先まで行くと言っていた方が通過しました。

 

 この辺りは山岳耐久レースのコースになっているとのこと。

 この方とは帰りのバスも一緒になりました。

 レースには遭遇したくないですが・・・

 

 

 

 

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